江戸時代からマニキュアが!?マニキュアの豆知識

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意外と古いマニキュアの歴史

マニキュアの歴史(日本史)1900年代~爪の手入れについて

2017/11/22

マニキュアというと、手の爪をきれいなカラーで塗ることを指していると考えられていますが、1900年代に西洋から伝わったマニキュアは、西洋式の美容法であり、美手法や美爪法、手指整美法といった名前で翻訳され、美容に関する雑誌などに広く紹介されました。

そういった爪や手のお手入れとして紹介されたマニキュアは、ヨーロッパやアメリカといった外国から輸入されたお手入れ道具セットによって、さらに女性たちに深く浸透していくこととなったのです。このお手入れ道具セットには、爪ヤスリや甘皮用のハサミなどが数種類入っており、美に興味がある女性たちの必需品となっていきました。1937年に刊行された「婦人家庭百科事典」では、女性たちの嫁入り道具として欠かせないものとして紹介されているくらいなのです。ちなみに、この「婦人家庭百科事典」は5年もの歳月を費やして刊行されたものであり、戦前昭和における美に関する辞典として女性たちの間では広まっていました。そして2005年には文庫本としてよみがえっており、現在に至るまで販売されているのです。

現在のマニキュアの基本とされるネイルエナメルは、1940年ごろにはアメリカで人気となっていましたが、日本に伝えられてもあまり普及するといったことはありませんでした。その理由は、派手なカラーにあったとされています。当時の日本は、まだ爪に派手な色を塗るといったことは受け入れられておらず、日本女性の象徴ともいえる奥ゆかしさや繊細さとは矛盾するといった理由で、避ける女性も多かったと言われています。当時は、爪紅と呼ばれる口紅のような容器のものが流行っており、多くの女性たちは健康的に見えるという理由から、爪紅を支持していたのでした。ようやくネイルエナメルが女性たちに浸透したのは、1960年代に入ってからで、戦後の経済成長と共に受け入れられるようになりました。70年代には、赤・ピンク・白・ラメ・パールといった種類も豊富になり、ますます若い女性を中心に広がっていくようになったのです。

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