江戸時代からマニキュアが!?マニキュアの豆知識

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意外と古いマニキュアの歴史

マニキュアの歴史 資生堂から戦後発売「爪紅」

2017/03/01

 資生堂の爪紅は、終戦の翌年、1946年に発売されました。当時、アメリカで自動車用速乾性ラッカーを応用して作られたネイルエナメルが日本に上陸していましたが、派手なカラーや光沢が日本人にはあまり受け入れられず、さり気なく健康的に見える爪紅が人気でした。資生堂の爪紅は、エナメルではなく口紅に似た形で爪の色をほんのりと染めるネイルスティックでした。角質だけについて皮膚にはつかないものだったようです。しかし、派手なネイルエナメルとは違い、光沢もなくナチュラル感があると広く受け入れられました。

 直径1cm、高さ4cmの金属製の容器に入った資生堂の爪紅。終戦後はとても貧しい時代でしたがとても華やいだ気持ちになれると好評だったとか。この爪紅は、その後続々と発売されるネイルエナメルの先駆けとなったといわれています。
 1960年代になると国産化粧品メーカーから次々と商品が発売されます。1962年にポーラネイルポリッシュが6色展開で発売され、1964年にはカネボウ ネイルカラーが口紅と合わせたおしゃれの一つとして発売されました。また、同じく1964年にコーセー ラボンヌ ネイルエナメルが発売され幅広い年齢層から支持されました。1970年代には、ピンク色や赤系の色だけでなく茶色、白など色のバリエーションも豊かになり、ラメやパール入りなども誕生しました。

 1980年代になると日本初のネイルサロンが誕生し、1985年にはネイリスト協会が設立。爪のお手入れやネイルアートを施す「ネイリスト」は協会の発展とともに広く認知されるようになりました。今はカジュアルに楽しめるネイルからパーティネイルまで用途にあわせてさまざまなアートが楽しめます。こうしてネイルの歴史をひもといてみると、資生堂の「爪紅」はその後のネイルの発展にかかせない商品であったとあらためて感じます。

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