江戸時代からマニキュアが!?マニキュアの豆知識

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意外と古いマニキュアの歴史

マニキュアのパイオニア「資生堂」は日本初の洋風調剤薬局

2017/12/20

日本を代表する化粧品メーカーの資生堂は日本初の洋風調剤薬局で、マニキュアのパイオニア企業です。資生堂が創業したのは明治時代の1872年で、マニキュアのルーツになる爪紅が販売されたのは終戦直後の1946年になります。

爪紅は口紅のような形をしており、爪に塗るとほんのりとした梅色に染めることができます。当時はアメリカで生産されていたネイルエナメルというものがあり、ネイルエナメルは自動車用の速乾性のあるラッカーで、派手な色をしています。アメリカ製のネイルエナメルは日本人の女性にとっては色が派手過ぎだったため、淡い梅色に染めることができる資生堂の爪紅の方が人気がありました。

1949年になると資生堂は東京証券取引所に株式を上場し、上場企業になりました。戦争中は中止していたチェーンストアでの販売も復活して、飛躍的な発展を遂げることになります。戦争中は女性がお化粧をすることは贅沢と言われ、女性はオシャレを楽しむことはできませんでした。戦後になると女性は堂々とお化粧をすることができるようになり、資生堂も大きく発展して世界的な化粧品メーカーに成長しました。

高度成長期になるとマニキュアをする女性はどんどん増えてきて、資生堂のマニキュアは女性からの圧倒的な支持を受けました。色の種類は非常に豊富になり、赤を基調としたものだけでなく、いろいろな色のマニキュアが販売されるようになりました。1970年代になるとさらにラインナップが増え、発色も良くなりました。最新の資生堂のマニキュアは豊富なラインナップがあり、高発色で剥がれにくいものが大人気になっています。豊富なカラーがあり、自分好みの色を選ぶことができます。とても塗りやすくて速乾性があるため、忙しい女性のニーズを満たしています。値段は400円程度であり、とてもリーズナブルです。資生堂のマニキュアは中国では日本以上の人気を集めており、中国女性の憧れのブランドになっています。

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